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○牛タン事始め
仙台名物といえば「牛タン・笹かまぼこ・ずんだ餅」です。この3食品を食と健康の観点から見ると、かなり深いんです。 さて、それでは「牛タン事始」から話を起していきましょうか・・・そもそも仙台名物「牛タン焼き」の発祥は終戦後。山形県出身の料理人・佐野啓四郎が、仙台市一番町3丁目に焼き鳥屋を開店した事に始まります。 当時は食料調達が困難な時代。焼き鳥屋といっても、豚のタン(舌)やホルモン(内蔵)を混ぜて使わなければやっていけませんでした。 さらに日本に駐留していた米兵は、牛のサーロインやヒレ、ロース肉ばかりを食べ、タンやテール(しっぽ)は魚のアラのような余剰部分。ゆえに安く調達出来たわけです。 しかし「なんだ、米兵の余りものか」などと、日本人として卑屈になる必要はありません。天皇家(宮内庁)の食に対する基本的な思想は、明治の食医(食べ物で治す医者)・石塚左玄が提唱した「一物全体食」。これは、畜産物を肉と内蔵に分けるような事をせず、食材を丸ごと食べましょうという事。これは、和食の鉄人・道場六三郎氏の「食材を成仏させる」という言葉にも通じているわけです。 また、タン・シチューと言えば、昭和初期から東京のデパートで食道の高級メニューだったわけで、単に米兵が牛タンの美味しさを知らなかったというだけの話なのです。 フランス料理で牛タン(ラング・ドゥ・ブウ)は、燻製・焼く茹でる・煮込むなど、さまざまに調理されています。佐野もさまざまな調理法を試し、最後に炭火焼きで塩・コショーのシンプルな味付けが最も美味しいという結論に達しました。そして焼き鳥屋の「グリル番町」から「太助」と名を改め、1950(昭和25)年に、牛タン焼きが店のメニューに加わったのです。 ○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。 牛タンが仙台名物になったのは、1980(昭和55)年に「?助(きすけ)」2号店が仙台駅前の日の出ビルに出店し、表に「仙台名物・牛タン焼き」の看板を出したのが始まりです。 それ以後、店に地元国会議員の先生やら、大会社の会長さん、茶道の家元などの名士が来店し、口コミで「仙台名物」になっていったというわけです。言ってみるもんですねぇ。仙台に生まれ育った私ですが、当時は東京にいて、牛タンが仙台名物だなんて、全然知りませんでした( ̄∪ ̄;) ・・・ 牛タン屋の元祖「太助」にしろ、この「?助」でも牛タンは定食として出されます。麦飯と炭焼きの牛タン、白髪ネギ入りテールスープに漬物。日本古来の「一汁一菜+香の物」にも通じていますし、塩味には麦飯が合うのです。 麦飯や玄米は、米飯よりビタミンB1・B2、食物繊維が豊富で、テールスープの辛味成分・硫化アリルがビタミンB1の吸収を促進します。 食物繊維は便秘の人に効果的で、テール(牛のしっぽ)や骨をじっくり煮込んだスープに含まれるコラーゲンは、美肌効果抜群。牛タン定食は高たんぱく・低カロリーの、女性にとっていい事ずくめの料理なのです。むろん、生活習慣病が気になる男性諸氏の体にも優しいですよ。 もうひとつの仙台名物「笹かまぼこ」は、白身魚のすり身ですからねぇ。仙台の病院では朝食に欠かせない一品。美容と健康には「仙台名物・牛タンと笹かま」ですね。

お互い頑張りましょう。